すれちがい様。
ハミュッツが涙していたのを見た。
この目では初めて、見た。
だからといって、立ちどまりはしない。振りかえりはしない。
だって、他人事なのだ。
廊下の突きあたりには図書室がある。入室すれば、聞こえよがしのため息。
吐きたいのはミレポックの方だった。
自由気ままな旅の道中に、ヨハンを訪ねた。
ドイツの最北部、デンマークと国境を接する、入り江に築かれた港町で、彼は祖父とふたり暮らしている。
十代は人見知りをしない。
誰に対しても、気安く気軽く気まぐれだ。
友にも、敵にも、本当に分け隔てなく。
そんな人となりを、図々しいと思うか清々しいと思うかは、人によりけりだ。
この老人の場合は後者のようだ。
愛孫の友人、という贔屓目が大いに入ってのことだが。
久しい再会。対して、浅い付き合い。それにしては軽やかに跳ね返り続ける会話。
ユベルは見守るのみだ。
人間の認知の埒外にいるものだから、仕様がない。
とはいえ、こうも退屈では欠伸が出る。
信用ならない他人ならば、警戒だってするけれど。
この人間こそが、ヨハンの何よりも大切なものなのだと知っている。
それを任されるくらいには、十代は(ユベルも)信頼されているらしい。
裏切るつもりにはなれなかった。
旅の先々の話をありがたがられるのはよくあること。
暇に語られる老後の生活は、大してありがたくもない、寧ろありふれたものだったけれど。
ヨハンだってそうなのだ。
穏やかで細やかな日々を、徒に過ごしている。
かつて語ったという気宇壮大な夢を忘れてしまったかのように。
知りたくなければ、耳を塞いで、聞かなければ良い。
知りたければ、直接、聞けば良い。
ユベルにはできる。できない十代はお気の毒に。
ヨハンが夕食を作ると言って席を立ってから1時間と経っていない。
キッチンには良い匂いが溢れていた。
まだ料理中ではあるらしい。時折、鍋をかき混ぜる音が響く。
「どうした? もう我慢ができないって?」
ユベルがいると疑わず、振り向きざまに問いかけてくる声の、何ともまあ気の抜けていること。
応える代わり、顔を覗き込むように姿を見せてやったのに、目を見開くどころか細めて笑うのだから、毒気を抜かれてしまうのも仕方がなかろう。
ついでとばかりにスープにハーブを振る仕草に、上手に視線を外されただけだと気付いた。
「おしゃべりに夢中さ。おかげでボクはつまらない」
「よかった。ああ、よくはないか。悪いな。オレの孝行に十代を使っちまって」
「お前が相手をしてくれるなら、許してやってもいいけど。どう?」
「いいよ。焼き上がるまで、もう少し掛かるから」
コンロのスイッチを切り、オーブンを覗き込んでから、ヨハンはユベルを手招いた。
<!−−2020/12/27ジェネタイに間に合わなかったもの。いずれ完成させます−−>